2022年4月1日。
稽留流産と宣告された翌日。
前日まで少量だった出血がどんどんと多くなって、体調もあまりよくない。
朝、夫さんのサトル君から仕事中にも関わらず電話があった。
ワンオペでラーメン屋で働くサトル君だが、朝の開店準備中、赤ちゃんの事を考えてずっと涙が止まらないと言う。
「わたしもずっとずっと泣いてしまう。かなしいね、かなしいね」
ふたりで電話ごしに泣いた。一緒に泣いてくれるサトル君が夫で、赤ちゃんのパパで本当に良かった、と何度も思った。
「まーちゃん、バイト無理しないで休んでね」
サトル君がそう心配してくれたが
「大丈夫だよありがとう」
と返事して涙をぬぐった。
貧血気味だったので、アルバイトを休んでもよかったのかもしれない。しかし、家でひとりでいても気が滅入りそうだった。
バイト中も頭の中は赤ちゃんの事でいっぱいだった。
やっぱりまだ信じられない。
稽留流産は誤診で、たまたま昨日は心拍が確認できなかっただけではないだろうか?ネットで昨夜そんなケースを何度も気が狂ったように検索した。
赤ちゃんはまだ生きてるのでは?
生きてる可能性を信じて生物も避けたし、お酒も飲まなかった。(飲みたくもならなかったが)
赤ちゃんが生きてると信じたい気持ちもあったが、バイト先の階段を上り下りする時などのひとりになる瞬間、我慢していた大量の涙がどっと溢れた。
それでもお客様の前では、泣き腫らした顔で不自然な笑顔を見せ愛想をふりまく。我ながら痛々しかった。
休憩中もずっと泣きながら考える。
稽留流産がもし本当なら、なぜ?
染色体異常で赤ちゃん側の原因だったのだろうか?
10週4日目の妊婦検診では、二度目の心拍数を確認でき、先生にも「順調です」と言っていただいたのに・・・。
やっぱりわたしが、つわりで体調が悪くても無理して働いたせいでは?
お店が最近めちゃくちゃ忙しくて大変だった時も何度かあったな。そのストレス?
週に二回、野菜が運ばれてくる時、気をつけていたのに重たい物を数回だけ持ってしまったから?
わたしが悪いんじゃないのか、わたしが・・・・・・・・。
ずっとずっと理由を探して自分を責め続けていた。
さらにその翌日の4月2日。この日はわたしだけ休みで、一日中家でひきこもって泣いていた。
泣いても泣いても止まらない涙。
一日が長い。働いていた方が気が紛れた気もするが、体が動かないのでやっぱり今日は休みで良かった。
夜、サトル君が帰宅しても、ベッドで泥のように寝たままだった。
「ごめんね、寝たままで。夜ご飯、冷蔵庫に入ってあるからチンしてもらっていい?」
わたしがそう言うと
「まーちゃん、写真撮りに行こうか」
優しい笑顔でサトル君がベッドまで言いに来た。
「えっ?今から?何で?」
きょとんとするわたし。
「だって桜もうすぐ散るかもしれないし、それにまーちゃんと撮った写真あんまりないでしょう」
照れくさそうに言うサトル君。きっと今日一日、仕事の休憩中も沢山泣いていたサトル君。
「あっ、お腹にまだ赤ちゃんいるもんね。だからだね」
察するわたし。しかし・・・
「あさってでよくない?あさって休みだし、その時でも・・・」
外は寒そうだし、家から出るのが億劫というのが本音だった。
そして、あさって・・・その日、お腹の中の赤ちゃんと夫さんとわたしでお出かけしようと計画していた。
その後、手術をする方向で考えていたので最後の思い出作りに、と考えていたのである。
「今日がいいの! 今日」
小さな子供みたいに愛嬌たっぷりで言うサトル君。
「・・・分かった。行こうか」
サトル君に押されてこの日初めて家を出た。
夜8時。桜が咲く季節とは思えないくらい冷えた風が吹き抜ける。
「お腹の中にまだ赤ちゃんいるんだね。赤ちゃん、可愛いわたし達の赤ちゃん」
桜を見に行く途中、わたしはお腹を優しくなでながら語りかけた。
稽留流産と宣告される前は毎日のように「赤ちゃん、愛してるよ」「会いたいなぁ」「元気に生まれてきてね」と話しかけていた。
正直、自分の子がこんなにも愛おしいと思わなかった。去年まで、お酒に依存気味で精神状態も不安定だったわたしは、結婚してからも排卵日わざと避妊したりしていた。排卵日以外は避妊具なし、排卵日らへんは避妊具あり・・・それでもし妊娠したら妊娠したできっと嬉しかっただろう。
赤ちゃんは欲しいのに、母親になる自信がこの頃はなかったのだ。
しかし、今年の一月。
排卵日を意識して避妊せずにした。その事がずっと頭にあって(まさかあの一回でできるわけないよなぁ)と思いながらも、生理が遅れる前の時期から禁酒した。生物も一切食べるのをやめた。
(今なら、排卵日に性行為した時点、いやその前から禁酒してろよ自分、と思う・・・。)
節分の日に買った恵方巻きも、生物が入っていたのでサトル君に全部あげて食べてもらったのが印象に残っている。豪華で美味しそうな恵方巻きだったが、そこまで食べたいとも思わなかった。
不思議な事に、お腹の中に赤ちゃんが「絶対」いる気がして、サトル君やメールで姉に「妊娠した気がする」と話していた。
こんな事を言い出したのも思ったのも初めてだった。
あれだけ依存していたお酒は一切飲みたくならないし、確実に体の中で変化がおこっていた。(飲みたくなっても飲まないけど)
赤ちゃんが「ここにいるよ」と力強くママのわたしに教えてくれた気がしてならなかった。
その後、妊娠検査薬で陽性反応が出た瞬間は飛び跳ねるように嬉しかったなぁ。
世界にキラキラした光がさしこんだようだった。
自然妊娠した事も、産婦人科で、胎嚢が確認できた事も、元気な心拍数が二回確認できた事も全部奇跡。
お腹の中に赤ちゃんが来た。それはとってもあたたかくて幸せな時間だった。
妊娠判明後。調子に乗って「子供ふたり欲しいなぁ」とサトル君と幻想を抱いたりもした。
この世に命ひとり生む事も奇跡なのに。
現実は、稽留流産と告げられ、心拍数が止まったお腹の中にいる赤ちゃんと、思い出を残すためサトル君と夜桜を見に写真を撮りにきている。
満開の桜をバックにサトル君とわたしが並んで写真を撮る。この世とは思えないくらい美しく、まるで映画やゲームのワンシーンのよう。そしてとてつもなくせつない気持ちになった。
泡のように消えてしまいそうな儚さを感じた。
2日前、稽留流産と分かるまで毎日明るく光に包まれた世界にいたのに。
この時、赤ちゃんとの別れは、もうすぐそこまで迫っていた・・・。
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