たまたま昨日、去年流産したことを漫画に描いて調べごとをしていた時、こちらの記事を発見した。
記事を読みながら、こみあげてくるものがあり、ぶわっと泣いてしまった。
わたしの場合。
妊娠10週4日目、妊婦健診で順調と言っていただき、心拍も正常に確認。
次の健診は4週間後と言われる。
妊娠12週6日目。次の妊婦検診までまだ二週間くらいある頃。突然、性器から微量の出血があった。
その日のうちに行きつけの産婦人科に行き、稽留流産と診断を受けた。
サイズから12週前には心拍が止まっていた可能性が大きいと医師から言われた。
13週2日目の夜10時、下腹部に激痛が走る。その痛みはおさまったり、ぶり返したりの繰り返し。
出血も痛みもどんどんひどくなり、13週3日目午前3時50分頃、赤ちゃんを自然排出した。
経験したことのない痛みで、出産と自然排出両方ご経験されてらっしゃる方のなかには、自然排出前の痛みは陣痛によく似ているとおっしゃる方がちらほら。
もし、わたしが経験した痛みを陣痛と表現していいのなら、6時間くらいの陣痛に耐えた後、赤ちゃんを自然排出した。
目と鼻と口がしっかりあって、手足もあって頭の形も体も人間そのもので、小さなお人形のようなとってもかわいい赤ちゃんだった。
赤ちゃんを病院に連れて行き、病理検査に出して、約1週間後かえってきたのは検査の結果だけだった。(結果は異常なしでした)
12週以降の流産は、死産届を出して火葬をする必要がある。
また、8週間の産休が義務付けられており、出産一時金の支給対象となる。
しかし、わたしの場合、サイズが平均の12週未満だったようで、法的サポートを受けることができず、流産翌日から働いてしまった。
出血が流産後もずっと続いていて、量も凄まじかった。
ドバーッと一気に出るので、こまめにナプキンをかえにいった。
バイト中、貧血で意識が飛びそうになったことも一度あり、その時は店長に業務用連絡で伝えた。
少し経ってから、体調を崩して、精神状態もかなり悪くなり、バイトもやめてしばらく寝込む生活になった。
12週以降に流産したわたしの体は、とても働いていい状態ではなかったのだ。
だけど、無理したのは自分が悪い、そう思っている反面、何のサポートも受けられず、通常の生活をするように頑張るしかなかった。
12週以降に稽留流産と宣告、流産してもサイズが12週未満だった場合、何のサポートもない。
サポートが受けられる流産との差はサイズだけだ。
だからといって、心身への負担が本当に軽くなるのだろうか。
ずっとモヤモヤしていた。ずっと苦しかった。
赤ちゃんのサイズが11週から12週未満だったとしても、成長は個体差がある。
かなり、うやむやな感じがして、ずっと心のどこかでひきずっていた。
人間の姿をして産まれてきてくれた赤ちゃんを、ちゃんと火葬できなかったことも悲しい。
わたしは、流産後、無理して働いたことを後悔している。
数ヶ月、休むべきだった。
でも働くしかなかった。
6時間の陣痛に耐えた翌日でも。
流産後、大量に出血が続くなかでも。
どうしようもなかった。
記事を読んですごく励まされた。
記事にあるように、12週以降の流産で、出産一時金や産休についての基準があいまいな点にものすごく共感した。
「稽留流産」「自然排出」と検索しても、12週以降の稽留流産宣告と、流産をご経験されてる方の情報があまりに少なく、この部分に関して疎外感のようなものを感じていた。
だからこそ、記事に出会った時、少し心が救われた気がした。モヤモヤしていた霧が晴れた。
どうかわたしのこの声が届きますように。
何か前に進むことを信じます。
稽留流産で自然排出した記録をnoteにまとめています。↓
わたしが体調をくずしたのはこの記録を書いてからもう少し経った頃でした。
10週以降も正常に成長していたため、不育症の疑いがあり検査した話はブログでお読みいただけます。↓
稽留流産と宣告された話、kindleで電子書籍で出しています。有料ですが、unlimited会員の方は現在無料でお読みいただけます。
有料版は、当時のモヤモヤなど、ブログなどでは公開しにくいことを書きました。↓