銭湯の番台

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日記
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母と銭湯へ行った。

サウナが二種類あり、露天風呂も何種類かある大きな銭湯だ。

わたしの家族は、母も父も姉もわたしもみんな銭湯が大好きだ。

数年前まで母は今回行った銭湯とはまた別の近くの銭湯で番台をしていた。

働いていた時、母は大雪の大晦日の夜も日付・・いや年が新しい年に変わる直前まで銭湯の番台で働いていた。

実家に帰るたび、母が働く姿を見に行くのが好きだった。

いらっしゃいませ

ありがとうございます、おやすみなさい

明るい母の声が響く。

エプロンをして銭湯で働く母はとてもいきいきしていた。

ありがたいことに、オーナー様のはからいで銭湯で働く母達に支給されたあるカードを見せるとわたし達家族みんな無料で入れたのだ。銭湯に。

今思うとまるで夢のようである。

大好きな銭湯が無料。

それはもう遠い過去だが、わたしの銭湯好きはあの頃と変わらない。

昨日母と一緒に行った銭湯はわたし達のお気に入りの銭湯のひとつだった。

約二時間入った。

はじめに母の背中や頭を洗ってあげて、炭酸泉につかったりサウナに入ったり水風呂に入ったり。

母は、わたしと違って湯船に浸かる時間より圧倒的に露天風呂近くのベンチで風にあたりながら座ってる時間の方が長い。

なので銭湯内では別行動をとることが多いが、水風呂に浸かっているわたしと外で休んでる母が笑いあいながらコミュニケーションとるのも悪くない。

そして水風呂から炭酸泉に移動して、露天風呂のある外で夕空を見ながらベンチに座る母の背中をずっと見ていた。

ふと昨日、幼少期二年間くらい富山に住んでいた事を思い出し母に

「昔、果樹園よく通ったよねー。ちぃちゃん(母のあだ名)が自転車後ろに乗せてくれて。綺麗だったなぁ」

と言った。

母は

「果樹園? そうだっけ」

と返事する。

この時、わたしはお母さんが単に果樹園の景色を忘れているのではなく、あまり母にとって印象に残らないのは母が自転車をまっすぐこいでわたしを乗せてくれたからだと思った。母は自転車を一所懸命運転してくれたからわたしは安心して辺りをキョロキョロ見渡せた。母はわたしに沢山の景色を見せてくれたのだ。

どこか自転車で出かける時、いつも母の背中があったなぁ。

なんだか、母の背中のことばかり昔から書いてしまう。

子は親の背中を見て育つ、というがこういうわたしの思いにもその意味は当てはまっていい気がする。

お母さんはわたしにとって満点すぎる母だ。

一方わたしは10代の頃、反抗期もあったし家出したこともあったしずいぶん苦労をかけたと思う。

こんな娘のわたしだが、本当に母には感謝しているし、母のことが大好きすぎて仕方ない。

銭湯に行った後は母にオイルマッサージしてあげた。

栄養満点のスペシャル納豆も母のために作った。

ずっとずっと常に願うのは、母がずっと元気で健康でこの先も長生きしますように、だ。

わたしは自分に生まれてこれてよかったなぁ、と思う。

母の娘に。

母は、めちゃくちゃ温厚で天然で、娘のわたしから見ても本当に可愛い。

可愛いとか母を〜ちゃん、とあだ名で呼ぶことに対して母親に対して失礼だ、と感じる人も世の中にはいるかもしれない。

しかし、わたしはこの世で一番母が好きだし一番尊敬している。

母は、人当たりがめちゃくちゃ良く、昔近くの銭湯で働いていたこともあり顔が広い人でどこでもよく色んな方に話しかけられている。その姿に人気者だね、とつい言いたくなるくらい。だが、人と群れるタイプではないことになんとなく今日気づいた。

銭湯に行くと、母と同じ年代の女性でもキャッキャとまるで女子校のノリではしゃいでいる方々が多い。とても楽しそうでいい。

しかし母はひとりで空をマイペースに眺めるのが好きみたいだ。

友達がたくさんいるタイプの母なのに。

そういう母は母でひとり気楽そうでなんだかいい。

なんだか少し眠たくて日記を書いたので、まとまりのない内容になってしまった。

・・寝よう。

おやすみなさい。

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