稽留流産と宣告されて自然排出した記録〜その4〜

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日記
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2022年4月4日、午前3時55分頃。13週3日目までお腹にいてくれた赤ちゃんが出てきてくれた。

朝一でかかりつけの病院で診ていただくことになり、病理検査に出す赤ちゃんを連れてサトル君と家を出た。

コロナ禍で、本来は旦那さんの付き添いはお断りとの事だったが、流産したこの日だけは事情が事情なので旦那さんとぜひいらして下さいと言っていただけた。ひとりは辛すぎたので本当によかった・・・。

タクシーを事前に予約しようといくつかのタクシー会社に電話したが、空いていなかったり、一時間以上待つとの事で予約できなかった。

そのため、自宅の最寄り駅まで歩いている途中、運が良ければ走ってるタクシーをつかまえてのせてもらおうという事になった。

流産した直後だが、体調はわりと安定していた。

雨が降っている。

わたしは、可愛いキャラクターもののタオルでくるんだ赤ちゃんが入ってるタッパーを抱きしめるように手で抱えながらゆっくり歩いた。大切に大切に守るように・・・。

「寒いね」

とサトル君は言うが、不思議とこの時寒さをわたしは感じなかった。

赤ちゃんを抱っこしていたからか、不思議なあたたかいなにかに包まれていたような気がする。

最寄り駅に行く途中、満開の桜が咲く場所を通過した。雨に濡れてしっとりとした美しい桜。もうすぐ散りゆく桜。なんて儚いんだろう。

その後、結局空車のタクシーに出会う事ができず、電車に乗り産婦人科に向かった。

電車の中でサトル君に赤ちゃんが入ったタッパーをくるんだタオルを抱っこしてもらった。

「赤ちゃんがお腹にいるのってこんな感覚なのかな、なんか不思議だね」

サトル君がそう言った。

「めちゃくちゃ幸せだったよ。今も赤ちゃんがここにいるね。幸せだよ」

悲しくて仕方ないのに、自分に言い聞かせるようにわたしが言った。

病院に到着すると受付の方が

「よろしければ、こちらでお預かりしましょうか。それとも直接院長先生にお渡しされますか?」

と、わたしが抱っこするように大切に抱えていた赤ちゃん(を入れたタッパーをくるんだタオル)を見て言ってくださったが

「大丈夫です、ありがとうございます」

と涙をこらえて返事した。

もう少しだけ、あともう少しだけ赤ちゃんと一緒にいさせてください・・・。

診察前に、周りに誰もいなかったのでもう一度だけ最後にそっと赤ちゃんの姿をサトル君と見た。

可愛いくて可愛いくてたまらないわたし達の赤ちゃん。離れたくない。このままずっと時が止まればいいのに。

その後、診察室に呼ばれて赤ちゃんを病理検査のため渡した。

これが本当に本当に最後のお別れになるのかもしれない・・・。

エコーで子宮の中を診ていただくと、残留物もほとんどなく手術の必要はなさそうとの事だった。

子宮収縮剤と痛み止め、感染予防に抗生物質の三種類、薬をだしていただき、また一週間後に病院に来てくださいと言われた。病理検査の結果もその時に分かるとの事だった。

※流産が赤ちゃん側の問題である染色体の異常を調べる流産絨毛染色体検査は、手術の時のみできるとの事で自然排出ではできない。

診察が終わって、赤ちゃんとお別れした病院を後にして家に帰る。

まだ雨はずっと降り続いていた。

寒い・・・・・・・・。さっき赤ちゃんが手にいた時は寒さを感じなかったのに・・・・・・・・。

さっき赤ちゃんがまだいる時に通ったこの桜並木が見える場所。

ああ、もう本当に赤ちゃんはいない。

いないんだ・・・・・・・・。

世界から色が消えて桜も心も全て灰色になったかのよう。お腹をなでてももう赤ちゃんはいない。

ものすごい喪失感がわたしを襲った・・・・・・・。

続き

稽留流産と宣告されて自然排出した記録〜その5〜
2022年4月5日。流産してまだ一日しか経っていないのに、やけに長く感じた。出血はまだずっと続いている。流産した翌日だというのに、体調はそんなに悪くはない。昨日も今日も一緒にサトル君とたくさん泣いた。一生分...

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